眠るふとん太鼓

堺市南島にある月州神社の境内の倉庫に貴重な
堺型」のふとん太鼓が有ると言う事で見学に
行ってきた。
この辺りの地名が南島か・・・
と言うことは菅原神社に奉納されていない太鼓で
堺市内の北側の地域に南島と言う太鼓が昔に
有ったと言うのを思い出した。
その南島が月州神社に奉納されていたのかな?
等と思いながら境内へ。
境内の向かって右奥の方に、良くあるふとん太鼓
の蔵のような物が見えました。アレが太鼓蔵かな?

社務所の方でふとん太鼓を見学させてほしいと
お願いをすると快く聞いていただけました。

太鼓台は並松町新調で、大工は不詳。
明治初期の作。
明治41年頃、この並松町の太鼓台を同町の
「三木 清」という酒屋の紹介で、太鼓庫共に購入。
昭和34年頃まで担がれていたがその後休止。
昭和54年頃奉納。
やはり南島と言う太鼓台かな?

電動シャッターが開いて行き見えました。
屋根のついている太鼓台が!!!
四本柱が屋根から泥台まで一本で通っている
やはり堺型の太鼓台であるがしかし
「むっ???」何か違うぞ?

私の見てきた堺型の太鼓台とは明らかに違う。
屋根の下が北戸川、大南戸川、西湊のような形では
無く彫物らしいものが入っている。

こちらの神社は夏祭りで獅子舞の踊りをするらしい
ので、太鼓蔵にはその為の獅子舞の道具等、色々
な物が沢山入っていました。
小道具などをどけて頂いて、たいこ台に触ることが
出来ました。

近づいてよく見ると、屋根の下にビシッと彫物が。
思わず「凄い!!!」と声を出した。
これだけ屋根の下に立派な彫物が入っているとは
修繕してこの太鼓が復活すればどれほど素晴らしい
華やかな太鼓になることだろうか。

写真には撮らなかったが、泥台なんかの腐食が
かなりひどい状態でした。駒に乗せられている形に
なっているのですが、駒は動くのか?と思える位
太鼓台の保存状態が悪い。かなり昔からもう担ぎ
出されることも無く、少し前までは洪水で浸水する
ような、現在とは違う倉庫に太鼓台を入れて居た
らしいので、太鼓台の泥台の下側の木材等が
かなり痛んでいる。

写真左上の方に竹のふとん枠がある。2階に
置いているのだが竹もボロボロになっていた。
欄干の中の大きさも戸川と同じくらいだ。

太鼓台の裏側には大太鼓と少し小さめの太鼓が
あったこちらもかなり保存状態が悪い。

この太鼓の所有者は現状はわからないらしい。
とりあえず、この辺りの農家の方達が買って、
担いでいたらしい。

担がなくなっても、秋祭りには飾り付けをして境内で
飾っていた時期も有ったらしいが、飾り付けをする人
も居なくなり、そのまま飾られなくなったとか・・・

寂しい気持ちもするが、どうして飾られなくなった
のかと言う事を考えて見た。

秋祭りの頃の台風シーズン等で大和川が氾濫し
太鼓蔵が浸水してしまい、房や飾り物等の全てが
ビショビショになってしまう様な事がが有り、そのま
ま秋祭りに飾らないようになったのではないか?

直ぐそばに流れている大和川も今でこそ、堤防が
決壊するような事は無くなったが、私が子供の頃は
床上浸水が、堺東付近でも有った記憶がある。
まして、この神社付近は大和川の直ぐそばだし。

太鼓が浸水するような被害が有ったとすれば、
この付近の住人も、浸水後の後かたずけや
何やらかんやらで秋祭りや太鼓の飾りつけを
するような暇も無かったのかもしれない。

しかしこの太鼓台は素晴らしいと同時に勿体無い。
そう思いながらお礼を言って神社を後にしました。
何時の日か復活する日があればいいのですが・・・・・


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